神経が元に戻って動くようになってもカカシはその場で待っていた。うみのと約束したその地で。だが、やがて現れた人物はうみのではなかった。

「カカシよ、お前に伝えねばならんことがある。」

忍び装束を身に纏った三代目が目の前にいた。疲れた顔をしている。それはきっと里中のどの人も同じことだろう。

「三代目、すみません、里のために動かなくちゃならないのは承知してますがもう少しだけ時間をください。待ち人が来たらすぐにはせ参じますから。」

「カカシ、うみのは戻って来ぬ。」

「そんなことはありません。俺は約束したんです。」

カカシの揺るぎない言葉に三代目は会話の矛先を変えた。

「九尾の子がその命を狙われておったが、瀬戸際で食い止められた。赤子は無事じゃ。」

「そう、ですか、良かった。」

先生の子どもが殺されなくてよかったと心から思った。九尾の尾獣を封印されたのはもう仕方のないことだが、どうかこれからは健やかに育ってほしいと思う。

「殺そうとしていたのはお前の指導員であった暗部の者だ。お前はカラスと呼んでいたな。本名はうみのイルカと言う。」

それを聞いてカカシは立ち上がった。

「冗談はやめて下さい。うみのさんはそんなことしない。」

「聞いておったろう、うみのは未来から来たのだと。現代にもうみのイルカは存在しておる。13歳の少年ではあるが。」

そこから聞いた三代目の話しは到底信じられるものではなかった。
三代目はこの森から離れた場所で里の被害拡大を必死になって押さえ込んでいた。里の住民に最小限の被害で済むように、避難などの陣頭指揮も執っていた。その場から離れられなかった三代目は水晶で時たま四代目の様子を伺い、そしてカラスのことも水晶で垣間見ていたという。
九尾の器となった子どもを殺すためにカラスは精鋭の暗部をも倒していった。だがそこにうみのがやってきて術を使用した。元々は戻らなくなった分身を本体の体に戻す術らしい。それをアレンジしたものだそうだ。元もとは同じ体であるし、チャクラの性質も全く同じ、ただ歳が違うと言うだけの体同士が融合するのは決して難しいものではなかったと言う。

「うみのは14歳の姿に変化してカラスと融合した。激情で我を忘れていたカラスを止めるためには有効な手段であった。現に九尾の子の殺害は回避された。」

「うそだ。」

「カカシ、もう分かっておるじゃろう、融合したと言うことはすなわち、もう戻らぬと言うことじゃ。目を覚ましたイルカは術の影響か、意識が不明瞭で記憶を失った状態じゃ。そこに新たな偽の記憶を入れる。力もアカデミー並に後退した。イルカはアカデミーからやり直しをさせる。分かったな、カカシよ。」

だがカカシは頭を振って聞き入れようとはしない。

「うそだっ、信じない、信じないっ、約束したんだ、帰ってくるって、また一緒に暮らそうって言ったんだっ、一緒にご飯も食べようって、一緒にまた来年も再来年もっ、」

三代目はそっとカカシに手を伸ばし、抱きしめて背中を叩いてやった。

「最後にうみのは、笑っておったよ。穏やかに笑って、消えていった。」

ひくっ、とカカシの喉が鳴った。
今までずっと否定してきた思いが、感情があふれ出してくる。
カカシは堰を切ったように泣き出した。

「ふ、うっ、ううっ、ああああっ」

ひどい、笑ったなんてあんまりだ。笑ってあの男はいってしまった。もう手を伸ばしても届かない所に行ってしまった。好きだったのに、好きだと言ってくれたのに、こんなに愛しい気持ちだけを置いてけぼりにしていってしまった。
来年も再来年も誕生日のケーキを作ってくれると言ったのに、嘘つきだ。うみのは、大嘘つき。
やがて涙を止めて、カカシはゆっくりと腕の力を抜いていった。光りを無くしてしまったかのようなその表情に三代目は苦悶の表情を浮かべた。哀れな子どもだ、父を無くし、友を無くし、師をも無くし、最愛の者すら無くした子ども。暗部の鎧を身に纏おうともまだ生まれ落ちて十数年の子どもだと言うのに、この者はあまりにも多くの者を失いすぎた。

「三代目、お願いがあります。」

うつろな目を向けられて、三代目はそれをしっかりと受け止めて答えた。

「なんじゃ?」

「俺の誕生日を誰にも言わないでください。この世で俺の誕生日を知る者はもうこの世でうみのさんと三代目の2人だけになりましたから、俺と合わせて3人だけの秘密にしたいんです。」

「分かった。三代目の名を以て約束しよう。」

「感謝、します。」

カカシは腰にぶらさげていた暗部の面を付けた。もうそこには気弱な子どもの影など見えない。精鋭部隊の一員である気構えが十分に伝わってくる。

「この身、里のために尽くします。」

「頼む。」

三代目の言葉にカカシは身を翻した。

 

 

そしてそれから十年以上ずっと暗部として里の力になるように動いてきた。うみのイルカには一度として会わなかった。意地だったのかもしれない。三代目が何度かうみのイルカの話しをしそうになれば耳を塞ぎ任務を所望した。
多くの任務を成功させたカカシはいつの間にかビンゴブックに載るくらい力だけが増し、あまりに有名になりすぎた為に暗部を除隊し一般の上忍として任務を担うことになった。
が、すぐに三代目より上忍師の命を受けた。何度か試験をしたものの、カカシの思うような子は現れない。そこにナルトの名前が挙がった。かつての師の子だ、アカデミーを卒業する年になったのかと感慨深いものがあり、試験をすれば思った通り、いい心根を持ち合わせ成長していた。下忍として合格させたが、まさかその元担任がうみのイルカとは知らなかった。いや、騙されたと言っても過言ではないか。
今まで極力会わないようにしてきたと言うのに、あまりにもあっさりと接点を持ってしまい、どう対応すればいいのか分からなかった。
実際に会ったイルカはかつて出会った2人のどちらの性格も反映していなかった。うみののような精鋭さも、カラスのような冷徹さも持ち合わせていない、温かい人柄と思いやりのある心根。そのあまりの違いに動揺してついついあげあしをとり、からかってしまうのだが。
今日などイルカから自分の誕生日がいつかと聞かれ、なんとなく昔の記憶をフラッシュバックさせてしまったカカシはまたもや意地悪をしてしまった。しかも今回はかなり八つ当たりじみている。
あの飴玉はちょっとした感傷と言うか、そんな気持ちで作ったものだったのだが。勿論普段は食べてなぞいないし作っているわけではない。
まあ、以前にうみのが作ってくれた虫の姿焼きなどに比べれば随分と優しい食べ物になっていることだろうと思う。
それでも慣れない者にとっては、と、言うか普通は嫌だろうな、俺だって嫌だもんよ。必要性のない殺生をするなど言語道断だと寄壊虫を操る油女一族が見たらきっと眉をひそめられる行為ではあろうが、まあ、ちゃんと食べて消費したんだから大目に見てほしい。
しかし、あそこまでの嫌がらせをしたとなればもう話しかけてくることもないだろう。それでいいのかもしれない。自分の記憶にない出来事に振り回されるなんてどう考えても不条理だ。
けれど、本音を言えばこの間の飲み屋で紅に言ったように、本当は待っている。甘い甘いお伽噺のようにあの人がやってくるのを。だがそれは奇蹟であり、幻想だ。叶うはずのない願望。
カカシは森からの帰り道、商店街の立ち並ぶ通りをゆっくりと歩いていった。